2023/10/28

田んぼなど農地に引かれた用水路を、この辺りでは「ど」と言います。
「ど」ってどんな漢字を使うのか?いろいろ聞いてみましたが、分かりませんでした。

また大きな川からの取り入れ口には、「もうりど」「まわりど」と呼ばれる施設が、各所に在ったようです。

で私なりに考えると、「ごう」が訛ったのでは?「江」ですね。

また「しょうこう」とも言いますが、「小溝」「小江」

さらに調査は、続きます。


みなさまのご意見ご協力、よろしくお願いいたします

 

 

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2023/09/06

懐かしの光景。

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このところメッキリ見かけなくなったタバコの吸い殻。

テレビドラマでも同様です.
いやそれ以上かも。

数年後?子どもたちに見せたら、
「何これ?」なんてね。


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2023/06/16

ジャスコL

1979年にオープンした郊外型の大型店である。
青山ジャスコ、青ジャスとも呼ばれ、人気を博した。

近くに新潟交通電車線が走っていたので、翌年東青山駅が出来ました。

経費など、どなたが負担したのか、忘れましたが、

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板金塗装のやり直しに際して、遺跡のごとく日の目を見たようです。


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2023/02/13

地域の地蔵さま

古くからある集落などでは、お地蔵さまが鎮座していらっしゃいます。
当地域にも何体かがおいでです。

一番近くにいられるのが、小さいながらもお堂に入っておいでです。

私が物心つく頃から、近所の年配者(主に女性)が花をあげたり水を替えたり、またまた団子をお供えしたりとお世話しておいででした。当時から無償だったと思います。

ところが何せ年配者ですから、だんだんこの世からいなくなってしまうんですね。
5~6人もいた頃は、一人当たりの負担もわずかでしたが、今や1人になってしまったようです。
だからといって、むげには出来ない。
今まで通りにとなると負担も大きくなってくるし、自分の身体も思うに任せない身ですから、大変なことになって来ています。
出来ないことですよ。ご苦労様ですと言いますが、替わってやろうとはよう言いません。

じゃどうすれば良いか?

金銭を補助する。
との案が出るのですが・・・
かえって責任が生じてしまうのでは?

なるほどもっともです。

そのうちだれも世話しなくなってしまうのか?
気になりますね~

 

 

 

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2022/10/09

定時運行

20数年ぶりにお客さんを乗せて走行しました。
ほんの50mほどの往復ですが・・・

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先頭の機材が、アント。これで牽引します。電車自体は走行できませんから。

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動き出しました。
アントの運転と電車の運転と2人体制になります。

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立ち席は無いようです。

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普段はクルマの駐車場になっている所を走行します。

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信号機も作動させて本格的です。

感動って言うには、大げさですが、それでもなかなか大したものです。
保存会のみなさまお疲れ様でした。

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2022/06/26

まつり提灯

まずこの写真からご覧いただきましょう。

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一般的な個宅用まつり提灯です。
昔からの店舗街や住宅地に多いです。また紅白幕も必携と言えましょう。


下記の画像はいかがでしょう?

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町内提灯といわれ、町内ごと(30軒前後)に一基、道路を挟んで設置します。

みなさまのお近くに、このような町内提灯を設置しているところは、ございますか?

どちらも絶滅が危惧されています。

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2021/08/20

我が家の先祖

墓石に記してあった「先祖 安政3年6月28日」が、気になって(主に法名軸)少々調べてみました。

初代とされる(A)は、1845年(弘化2年)生まれ、1924年(大正13年)80歳で没。
この人より先に亡くなったのは5人ほどいるが、いずれも幼少時に亡くなったようです。

先般お伝えした「安政3年6月28日」の記事の、安政3年(1856年)6月28日に没した日?とされる先祖では無い可能性が高い。68年もの差がある。
68年と言えば、2~3世代分か?

言い伝え通り、Aはやり手だったので、初代として君臨したのだろうか?

それとも初代が子どもを亡くして墓を建てたその日付か?
とも考えたが、その日付では、初代はまだ11歳。

ついでに
2代目とされるBは、
1881年(明治44年)生まれ、1938年(昭和13年)58歳で没した。

3代目(C)は
1898年(明治23年)生まれ、婿養子で1939年(昭和14年)42歳で没。この人が先般の墓を建立した。

当時、代々墓がみすぼらしかったので、立て直しを決意。そして完成した1ヶ月後心筋梗塞で、一晩で亡くなったとか。
しかしなんで、先祖 安政3年6月28日と記したのか、分からない。

4代目は父、2014年(平成26年)90歳で没した。



他人の家系なんて興味も何もないですよね。失礼しました。


 

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2020/12/01

蒸気機関車が走ったことがある新潟交通電車線

「Mさん、この新潟交通電車線に、SLが走ったことがあるのをご存じですか?」
「え、知りませんです」

かぼちゃ電車に詳しいM氏ですけどね~

この件については、小湊米吉氏の「大別當白山神社」(昭和63年版)に記述がある。
それによると、爆撃によって信越本線が攻撃された場合の新潟へ至るサブルートとして使えるか?を調べるために、
昭和20年8月に試験運行したのだそうです。

その後直ぐに戦争が終結したため、それ以降の走行は無かったそうです。

さらにM氏の解説によれば、走ったとしても割合小型のSLではないか?
理由はカーブがきついこと、堤防を走る区間が多いことなどだそうです。

当時は越後線もあったわけですし。

 

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2020/06/22

荻ノ島集落

は、
黒姫山からおりて鯖石川を右上流に行くとすぐです。

同行者は行ったことが無いというので、寄ってきました。

最初の時ほどの感慨はありませんね。そもそもかやぶき屋根が少なくなったように感じました。

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2020/03/27

生徒の願い叶う 中学校庭に自動車練習場

なんとも??なタイトルですが、
いつもお世話になっているTさんから見せていただきました。

これは、昭和37年9月10日付けの新潟日報。
校庭とは、月○中学校の校庭です。生徒たちが、ローラーで路面をならしている写真も付いています。

?と思われる方も多いと思われますが、当時の中学は広大な敷地があったこと。そして
16歳から乗れる軽自動車免許があったこと。
いわゆる自動車学校が近くに無かったこと。
などから実現したようです。

しかしその後、
完成したのか?どうなったのか?
当時、在籍したと思われる方、またその後に入学された方等に伺うも、記憶から消えているようです。

でも珍しい新聞記事でした。








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