月潟の不可思議
肇子(漂泊の楽人のヒロイン)が、月潟駅に降り立って街並みにそって歩いた印象を、要約すると。つまりは作者:内田康夫の印象?
村という語感からすると随分、繁華だがそれにしても人気(ひとけ)のない街であった。商店は確かに店を開いているのだが、道路を歩く人の姿はほとんど無い。
・・・・
それにしても奇妙な街だ。
料理や風の建物が多くあり、どれも店を畳んで仕舞ったようで、さびれた印象だ。
昭和61年以前の印象かと、想像できます。
そうなんです。
月潟地域の2大不思議。
一つは、なぜこの地で角兵衛獅子が生まれたか?
もう1つは、なぜ料理屋が多かったか?
とりあえず、料理屋は最盛期24軒で、芸者数が30名ほど。
村の人口は、最大時でも4500人。
昭和53年の頃、料理屋は6軒、芸者は8人。
現在は料理屋らしいものは、0軒となっている。
いつになるか分かりませんが、続編の予定があります。
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コメント
輝ジィ~ジさま、おはようございます。
たしかに昔はどこでも料理屋があったようですね。
呑みに行くと言えば、料理屋だったんでしょうかね~
投稿: もうぞう | 2017/12/25 07:22
もうぞうさま
>もう1つは、なぜ料理屋が多かったか?
確かに?ですね。4500人の村に・・・
尤も、昔は各地に料理屋は相当軒数逢ったようですが
旧 巻町始め潟東や味方にも有りましたネ。
冠婚葬祭が多かったからかなぁ?
月潟には美女も多かったとか。
投稿: 輝ジィ~ジ | 2017/12/24 20:37