電気と電話と水道

我が地域での電話の開通が明治44年で、交換業務が始まったのが大正14年。

では電気(電灯)はいつかというと、大正5年との記録が残っています。

電話と電気とは、わりと近い時期と言えますね。
ただ電話は、加入料が高かったし、各家庭の仕事等の関係から普及に時間がかかりましたが、電気はスンナリと加入が進んだようです。

次ぎに水道はというと。
ずっと遅れて、昭和37年10月1日に供用開始だったそうな。

これでやっと近代的な生活が出来るようになりました。

ちなみに下水道は、いまだに工事中です。
計画よりもずっと遅れているようです。
高齢者世帯が多くて、接続を渋るのが大きな理由のようです。
                                                                

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電話の通話と交換業務

電話の歴史を調べていて、面白いことが分かりました。

当地月潟においてですが、

通常郵便業務の開始・集配→明治9年7月1日。
小包→明治32年2月1日。

電報→明治42年1月11日。

電話・通話→明治44年10月6日。
電話・交換開始→大正14年12月26日。
電話・自動交換→昭和44年10月24日。

その他、
郵便貯金は明治18年1月1日。為替は明治27年3月。簡易保険は大正5年。郵便年金は昭和4年。。

何が面白いかと言うと?
電話で通話開始と電話の交換開始とが区別されています。

通話開始って何?
まだ開通本数が少なかったから特には困らなかった?

でも、交換が出来なければ、電話の意義はないと言うものでしょう。

で、昭和初期頃の電話の普及台数は、33台ほどだったようです。

追記
電話の通話とは、郵便局に電話回線が開通したことを指すようです。

 

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月潟劇場、OPEN。

といっても、ステージは無かったし、映画の上映も無かった。過去の記事

かねてより清掃や改修が終わって作品として仕上がったと言うことであろう。
サブタイトルに冷蔵庫とある。つまり作家は冷蔵庫をイメージしたのであろうか?

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あまりにも寂しい入り口。

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ツアー風に解説が付いて始まったが、あまりにも暗いのでストロボを。
先回は見れなかった緞帳。

左端には「月潟劇場」賛江とある。

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その協賛者は7名(社)。電話番号がなんとも素晴らしいです。

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このライトは、作者が装着したようです。

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当時の真空管やフィルム、ケースなど。

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当時のベンチシート。なぜかストーブが・・・
床は土間。

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質問攻めにあう美術作家S氏。いろいろ情報は仕入れたであろうが、なにせ若いので知らないことも多いようです。

 

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旧小澤家住宅

思っていたより小さめの480坪の敷地で、延べ床面積は260坪だそうな。
古来よりの住宅地域だから、そんなものかも知れませんね。
それでも何度か増築したり、敷地を拡幅したそうな。

米穀商・廻船問屋・運送業・・・などなど、あらゆる商売で、新潟を代表する商家となったそうな。

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茶の間から仏間を望む

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奥に少し広い庭があるが・・・

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何かの撮影か?

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平成14年に、新潟市に寄贈された。

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木村屋

もう何年も空き家になっていた、木村屋(旧料理屋)が、注目されている。
現存する建物では、もうここだけと言って良いほどですからね^

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とは言え、田舎の小さな料理屋である。規模はごく小さい。
内田康夫氏も「料理屋風の建物がおおい・・・」って、漆原肇子に言わしめている。
たしかに当時は小さいが多くの料理屋があったのは間違いない。

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玄関脇の仏間や座敷で家人の住居用またはフロントと想像します?

いやに照明が多いな~と伺ったら、夜、何かの演出に使うのだそうな。

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玄関からすぐに階段が、客間は二階が主力のようです。

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二階から庭を

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今回はこのような古い写真の公開が主目的なのだが、いずれも小さく魅力に欠ける。

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随所にそれらしき雰囲気が・・・

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なお先回記した映画館は、ここから1分と言ったところでしょうか。
こちらも7月14日から土日祝日のみで、10月4日まで。

だが、公開時間がユニークだ。15:00~20:00ですからね。

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月潟アートプロジェクト2018

7月14日から10月8日まで開催。
評価がイマイチのいわゆる水と土の芸術祭の一環だ。

ただ地元民にしてみれば、興味深い。

昔、何軒もあって栄たと言う、料理屋の開放と、映画館の開放です。

まずは、映画館から、
もう地元の人でも記憶の彼方になってしまった映画館(月潟劇場)
外観はまるで倉庫か、それも廃屋に近い状態。

初めて話を聞いたとき、掃除だけでも大変な作業だと思いました。それに場合によっては補強や照明の強化問題。

この日恐る恐る覗いてみると・・・・
関係者がお一人で作業をされていました。

「拝見してもよろしいでしょうか?」
「はいどうぞどうぞ」と言って、電気を点けてくれた。
もともと映画館ですから暗いんですね。

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当時の関連グッズ?

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入口方面を
2階席もあります(記憶にもあります)
当時の石油ストーブがずらっと、中柱は補強のためか?新しかった。

二階にあがっても良いですか?って伺ったら、それはちょっと。

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ステージがあった上には、緞帳らしきものが。

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当時の映画雑誌と下はアンプか?

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椅子席
床は「土」だったそうな。

子どもの頃は大きく見えた品物や建物は、大人になってから見ると、小さく見えるのが通常ですが、この劇場はほぼ記憶通りだったようです。

正式公開が楽しみです。

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おまつりに付きものですが。

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さてこれは何でしょう?
おまつりでは、必需品?
で、なんて名称なのでしょうか?

そしてこの植物は?
ススキの類なのでしょうか?
古老の博学の方に伺うと、
本来豊作を願って、イネを主体とした植物(五穀など)を飾ったが、時節などから「草」を用いるように成ったそうな。

もうお分かりでしょうか?

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正解はこちら。

所が最近、アルミ製のポールが普及しています。
このアルミ製は、常時立てておくので、植物を飾るスペースはありません。

やがて消えゆく運命にあるようです。

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もう19年になります。

昨25日に電車の冬囲いが外されたようです。

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保存されて19年。

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その廃止されたとき、記念として発行されたスタンプ帳。

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裏表紙の絵は、穂苅春雄氏。
8枚組の絵はがきセットも発売された。

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左から、月潟・白根・味方・大野町・青山・新潟関屋の消印。
今もこの消印は、残っているのだろうか?
発行元は沿線の郵便局。

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「これって何ですか?」

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塀の後の建物、何だかおわかりでしょうか?

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中の様子です。

お分かりでしょうか?
便器の無い男性用小便所なんですね。昔の田舎公衆便所の代表的な作りです。

右手にあるのが、女子小用または男女大用です。
こちらは一応旧式の和便器が付いています。

昭和初期の話題ではありません。今も現存しています。
でも利用する方は、あまりいないようです。





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名残

旧月潟村(月潟地区)に最盛期で24軒あった料理屋は、今はすべての営業をやめている模様です。
そしてその当時の建物はほとんど取り壊されました。

でも3軒ほどが、名残を残しています。その内の2軒を紹介しましょう。

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もちろん、鍋茶屋や行形亭などとは、比にもなりませんが、いずれ消え去る運命なのかと思うとせめて写真で残しておきべきかと。

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