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中ノ口川に架かる南区の橋(歴史編)

南区の中ノ口川に架かる橋で、一番早く架けられたのは、富月橋
明治10年(1877年)須藤時俊によって架設されたとある。氏については衆院選に立候補したことがあるが、詳細は不明。
30年間ほど賃橋であった。現在の橋は昭和48年3月に完成。

その次が味方橋
明治20年3月完成。二代目は昭和7年に永久橋となる。現在の橋は昭和50年に完成。

3番目は宝永橋で明治21年。現在の大野橋と大野大橋の中間あたりに架設された。その後下流に大野橋(大正14年)。上流側に大野大橋が架けられたのは、昭和38年だった。

4番目が両郡橋の明治23年。昭和9年に現橋。(新橋建設中)


ちなみに初代萬代橋は、明治19年。長生橋(長岡)は明治9年。

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写真は味方歩道橋。
旧味方橋(昭和7年)の橋脚を利用したと思われる歩道自転車専用橋である。

味方橋と月潟橋については、過去記事もどうぞ。

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コメント

輝ジィ~ジさま、こんばんは。
調べれば分かることです。得意も不得手もありません。
スポーツ関連にあまり興味が無いので、苦手と言えるでしょう。

投稿: もうぞう | 2008/10/11 19:34

前作と続き、これだけでも一つの貴重な歴史資料となります。
もうぞうさんに苦手のジャンルって有るのかしら?

投稿: 輝ジィ~ジ | 2008/10/11 08:06

玉井人さま、こんばんは。
その通りです。
渡し場は結構あったようです。
舟が向こうにいるときは。「お~い・・・」と言って呼んだそうです。
富月橋が開通した当初、賃橋で渡し舟の方が安く(無料かも)思ったより橋を渡る人が少なかったと言う話です。

投稿: もうぞう | 2008/10/10 20:10

このくらいの川幅だと昔は渡し舟なんかがあったんじゃないでしょうかね
阿武隈川が流れるすぐそばの本宮市には住所名が「船場」というのがありまして、今は大きな橋が架かりましたが昔はこの場所を渡し舟で往来していたそうです。
その名残として今でも舟こぎ競争とか夏祭りでやっています

投稿: 玉井人 | 2008/10/10 09:03

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